
妊娠中の歯科治療(1)

今回から、妊娠中の歯科治療についてご紹介していきたいと思います。
第1回目の今日は、妊娠中にみられる口腔内の諸症状とその対処法について述べていきます。
妊娠中の歯の治療は安定期(妊娠中期:およそ5~7か月目)に行うのが望ましいとされています。それ以外の時期でも、予防処置、応急処置などの治療はできますが、妊娠のできるだけ早い時期に検診される方が良いでしょう。妊娠中には以下のような特別な状況になります。
虫歯になりやすくなる
妊娠による身体の変化により、唾液が粘っこくなり酸性になります。また、つわりにより歯磨きがおろそかになったりして、虫歯になりやすい状態になります。
歯ぐきが腫れぼったくなる
妊娠中は妊娠性歯肉炎と呼ばれる特徴的な歯肉炎を発症することがあります。これは、妊娠中に増加するエストロゲンという女性ホルモンを好む口腔内細菌が繁殖する為と考えられています。妊娠性歯肉炎は、妊娠2~3か月からみられ、妊娠中期に顕著にみられますが、出産後は快方に向かいます。
口内炎の症状がでる
妊娠7~8か月がいちばん多く、出産後治ります。
口臭がする
虫歯・歯肉炎になりやすく、唾液による洗浄作用が低下した妊娠中は、口臭を発しやすい時期となります。
以上の症状は、歯磨きで予防し、改善することができます。特に歯ぐきの腫れや出血には歯磨きがいちばんの治療です。つわりで大変だと思いますが、がんばって歯磨きをしましょう。
ただし、歯肉炎によって歯と歯茎の間に深い溝ができてしまうと、どうしてもご自分の歯ブラシでは取りきれない汚れが付着してしまいます。当院では、レーザー治療を用いてそれらの汚れをきれいに除去し、炎症を抑える治療を行っております。
お母さんのお口の中に虫歯があると、口移しの食事や、キスなどの愛情表現を通じて、生まれた赤ちゃんにも虫歯の菌が侵入してしまうことがあるので、できれば出産前に虫歯の治療を完了しておくことが望ましいでしょう。
妊娠中のレントゲン撮影
妊娠中のレントゲン撮影は皆さんが心配されることですよね。
妊娠6週から12週の間のレントゲン撮影は胎児に影響を与える(催奇形性)といわれていますが、歯科でのレントゲン(デンタル)1枚撮影による被爆量は1日の自然からの被爆量の1/3以下と言われています。お腹の部分は防護エプロンをしていますので、数枚程度であれば全く心配はいりません。
また当院ではデジタルレントゲン装置を導入し、従来のレントゲン撮影に比べ被爆量を1/4から1/10程度に抑えていますので、さらに安心です。
おなかのなかの赤ちゃんの歯
いちばん早くできる歯は、胎生7週目からつくり始められます。この歯の芽を大切に育てるためにも、特にカルシウムを多めにとってください。カルシウムの多い食品は、乳製品、小魚、野菜、果物などです。胎盤を通過するカルシウムの量は決まっているので、カルシウムを取りすぎても心配は要りません。
次回は、妊娠中の投薬について述べたいと思います。
(つづく)
妊娠中の歯科治療(2)

今回は、妊娠中の歯科治療の第2回目として、妊娠中の投薬についてご紹介していきたいと思います。
先天異常の頻度は、全分娩の2~4%を占めており、その65~70%が原因不明、25%が遺伝的要因、3%が染色体異常、3%が母体の環境的要因(薬剤、放射線、感染、喫煙など)によるといわれています。したがって、先天異常の原因の中で、薬剤の占める割合は多くはないのですが、他の原因と比べて人為的に回避できるので、服用した場合には必要以上に不安を与えてしまうのです。もちろん、妊娠中に不必要な服薬は避けるべきですが、極端に服用を恐れて、母体の健康を損なっては、母体のみならず胎児にも悪影響を及ぼしてしまいます。
それでは、妊娠のどのステージで薬を服用すると、胎児に影響が大きいのでしょうか。胎児の週齢によって、薬剤の影響は異なってきます。受精前から分娩までを4つのステージに分けて解説していきたいと思います。
(つづく)
妊娠中の歯科治療(3)
今回は、妊娠中の歯科治療の第三回目として、胎児への薬剤の影響について述べたいと思います。
妊婦の方にとって、薬剤を服用する事は、胎児への影響が心配ですよね。特に胎児の奇形発生については、妊娠のどの時期にその薬を服用したかが重要になります。
①受精前から妊娠3週末まで
受精後2週間以内に影響を受けた場合には、着床しなかったり、流産して消失するか、あるいは完全に修復されて健児を出産します。この時期の投与は、風疹生ワクチンなど、残留性のある薬剤以外は考慮する必要はありません。
②妊娠4週~7週末まで
この時期は、中枢神経・心臓・消化器・四肢などの重要臓器の発生があり、薬剤による胎児奇形に関して最も注意が必要な時期になります。特にホルモン剤、ワルファリン(抗凝固剤)、向精神薬、脂溶性ビタミン(A、D)などが要注意です。
③妊娠8週~15週末まで この時期は胎児の主な器官形成は終了していますが、性器の分化や口蓋の閉鎖などは終了していません。②の時期に比べると薬剤による胎児の影響は少なくなりますが、なくなるわけではありません。
④妊娠16週~分娩まで
この期間は薬剤による奇形発生はありませんが、胎児の機能を抑制するような薬剤に対しては注意が必要です。たとえば、抗甲状腺薬を過量に服用した場合は、胎児が甲状腺機能低下症となる危険性があります。また、歯科治療においてもよく出される、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID。ロキソニン、ボルタレンなど)は、胎児の動脈管(胎児心臓のとても重要な血管)を閉鎖してしまう可能性があり、要注意です。
前回にも申し上げましたが、妊娠中の不必要な薬剤の使用は厳に慎むべきなのは言うまでもありませんが、薬剤の使用を極端に恐れるあまり、治療上必要な薬剤の投与を中止してしまう事は、妊婦にも胎児にも不利益となります。
授乳中の歯科治療(1)

授乳中のお母さんの診察時に、時々「お薬を飲む場合、授乳は中止しなければなりませんか?」と質問されることがあります。
母乳は吸わせないと分泌が減り、それを契機にせっかくの母乳育児をあきらめることになりかねません。ご存じのように母乳は赤ちゃんにとって最も適した栄養源であるばかりでなく、スキンシップをはじめ様々な利点が母子双方にあります。
自分にももうすぐ1歳になる息子がおり、こういったお母さん方のお悩みは良く分かります。
本日から数回に分けて、授乳中の歯科治療について、その基本知識を含め、考えていきたいと思います。
まず初めに、薬物が母乳に移行する仕組みを考えてみましょう。
母乳の材料は血液です。母親が薬を飲むと、吸収された成分は血液中に分布しますが、分子量が小さく、脂に溶けやすく(脂溶性)、アルカリ性のものは母乳に溶けやすくなります。
血液中のタンパク質に溶けやすい薬は母乳に溶けにくいため移行しにくくなります。これらの性質を考慮して、我々は薬を処方することになります。(つづく)
授乳中の歯科治療(2)

今回は、赤ちゃんと薬の関係について述べたいと思います。
乳児は成人と比べて薬の代謝に影響するいくつかの特徴があります。
①胃酸の分泌が少ないため酸性の薬は吸収が悪くなります。
②体重あたりの水分量が成人より多く、この水分(細胞外液)に分布する薬の濃度が成人と異なります。
③生体の防御機構が未発達の為、血液を通して脳に運ばれる薬の濃度が濃くなります。
④肝臓と腎臓の働きが未熟なので、薬が体外へ排泄されにくくなっています。
乳児に薬を投与する場合これらのことを考えますが、母乳を通して移行する薬についても同じことを考慮する必要があるの
です。
(つづく)
授乳中の歯科治療(3)

前回のトピックスからも、授乳中の薬は慎重に選ぶ必要があることは当然です。
そこで薬の注意書きを見てみると、「授乳を避ける」「授乳中は投与しないことが望ましい」
「治療上の有益性が危険性を上回る場合だけ投与する」「安全性は確立していない」
という書き方が多く、額面通りに受け取れば投与できない薬がほとんどです。
このため薬の投与中は授乳を止める方向へ行きがちになるのです。
しかしよく調べてみると、必ずしも中止するほどの危険性はない薬もあり、
母子のQOL(生活の質)の観点から、安全性を確保しつつ、できるだけ母乳を続けるための
目安が、日本や欧米の専門家の間で提言されています。